8月の北欧の旅で、一日に二度もパスポート盗難がありました。

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「お二人ともパスポート盗まれたのですか?」

スェーデンの日本人ガイドさんが訊ねた。

「いいえ、奥様だけです」と答えると、「それじゃ、何故お二人とも残られるのです?」と不思議そうに返された。

 

ストックホルム郊外、安全そうなホテルの朝食の席だった。目の前の床にドル札が落ちているのを指差して、外国人客が「これはあなたの?」ときいてきたという。ご夫妻は「いいえ?」と答えてそのまま食事を続け、しばらくしてはっと気付くと椅子の背にかけていたバッグが消えていた。中にはパスポート、クレジット・カード、現金十五万円。

 

血の気が引いたお二人が小松の部屋に電話をしようとしたところで、ちょうど出会った。すぐにホテルのフロントから警察へ電話をしてもらい、電話で盗難届けを出し、九時にグループと共にホテルを出発。ストックホルム市庁舎でお会いしたガイドさんと文頭の会話をしてからグループをお願いし、ご夫妻と小松は警察と大使館へ向かった。

 

ストックホルムの大使館窓口で応対した日本人女性はこういう事態はたくさん処理してきているようだった。奥様が身分証明書と呼べるものを全然お持ちでないとわかった時、すぐにこう言った。

「それじゃ、ご主人が必ず一緒に日本にお帰りになるという事で、念書を一筆お願い致します」

ははあ、スエーデンにあっても大使館はやっぱり日本であった。「ご主人」が「奥様」の保証をする書類を書くことで、ひとつの「収まり」がつくのである。

 

こういう災難に遭った時、日本では多くのご夫婦が一緒に動く。パスポートを盗られた奥様を残してご主人が観光旅行を続ける事はあまりない。ツアー仲間からの風当たりも強いかもしれない() 今回もお二人一緒にストッ

クホルムに残る事が、言わずもがなで決まっていた。

 

しかし、これがスェーデン人の夫妻だった場合は違うというのだ。パスポートを取られた妻・夫が、自分がいなくても充分安全で確実な手配がされているのであれば、二人で残ることは「考えられない」のだという。ストックホルムとヘルシンキ、それぞれの都市で、長くそこに住む日本人ガイドさん(夫はその国の人)二人は同じようにそう言った。

 

日本と北欧の夫婦のこの違いは、それぞれの国の社会制度の違いが根本にある。

北欧の女性たちは結婚することで相手から庇護される存在にはならない。「寿」で退社などしない。そして子供が産まれたらたっぷり給料付の休暇をとり(これは男女どちらでもよく、実際男性の取得も多いそうだ)、次にどこでもしっかり完備された託児所を利用して、子供を育てながらでもちゃんと自立していくだけの糧を稼いでいける。

 

老親の介護が必要になったときにも身近な自治体がしっかり世話をやいてくれる。「ホーム」に入ってもらうのではなく、近頃では自分の生活環境で最後まで過ごす事ができるようだ。

 

25%の消費税とごっそり持っていかれる直接税は払っているが、これらはたしかに日本では得難く、スェーデンでは国民の権利として確立しているように見える。

老若男女関係なく、個人が自立した社会、なるほど先進的だ。

 

日本の社会制度が北欧に追いつくのはまだまだ先になるだろう。(※あるいはアメリカの様に自己責任の国になるのか?)しかし、たとえ社会制度が奇跡的に北欧並みになったとしても、日本人の心理というのはそう簡単には変わらないのではないだろうか。

 

想像してみましょう。たとえば2030年頃の社会保障が行き届くようになった日本。日本の女性達が北欧の女性達と同じぐらいに自立した未来。

旅の途上、妻が異国で今回の様にパスポートを盗まれて立ち往生してしまった時、日本人の夫はどうする?

 

今回の災難を間近で目撃していた「夫」のおひとりの反応、

「もし、私が観光続けて、妻をおいていったら・・・」

おいていったら?

「私が日本で家に入るパスポートをなくすかもなぁ」

(全員爆笑)