2013年記

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氷河観光へ行くジープへ乗ろうと少し小走りした瞬間、左ふくらはぎにズンっと衝撃があって強烈な痛みに体が止まった。巨大な手でいきなり握りしめられたよう。その場はなんとかジープの座席によじ登り、出発。十五分後、降りて氷河へ向けて歩いていこうと思ったが、足が一歩も前にでない。左足を着地させて力を入れると、でんぐりがえるほど痛い。つったのとは感覚が違う。

 

その日、ホテルへついてからパソコンで調べてみて、どうやらこれは「肉離れ」だと理解した。病院で説明する時の為に、英語で「肉離れ」は何というか検索してみると、長嶋茂雄訳で「ミート・グッバイ」と出てきた()

※本当はpulled muscle(プルド・マッスル)または、tear a muscle

 

ぱんぱんに張っていた足は、翌朝だいぶん普通になっていた。何もしていなければ痛みはない。腱が切れたのでも、出血があるわけでもないようだ。そろりそろりと左足を床につけてゆっくり力をいれていくと・・・あぁ、やっぱり途中から痛くていけません。

「今日はお休みします」というわけにはいかないのがつらいところ。ノルウェーの片田舎でそう簡単に代役は見つからない。幸い帰国まであと二日、今日と明日のスケジュールは比較的歩かなくてもこなせる行程である。

 

朝食に行って、元気になっているところをみせなくちゃ! でも、歩き出してみると、レストランは実に・実に遠かった。

 

「杖があると楽なんだけどなぁ」

そこらじゅう木が生えているノルウェーなのだから、杖代わりになる木が一本ぐらい落ちているかとおもったが、それが全然ない。観光地フロム鉄道の駅周辺はきれいに片付いている。お土産屋さんにも、ハイキング用のストックさえ置いていなかった。

 

そこへ「おお~い、これつかえそうじゃろ」と、今回ご一緒した方が、どこからかちょうどいい長さの枝を調達してきて下さった。大感謝です。

 

歩けなくなって、世界はがらりと変わった。ちょっと先に走ってチェックイン…できない。はじめて行くレストランの場所を事前に探しに…行けない。階段でうしろから誰かが来たら、横によけて先に行ってもらう。

左足の着地点の形状によっては声がでるほど痛いから、地面ばかり見て歩くことになる。すると、エレベーターのドアが開いた時に中でカップルが抱き合ってチューしていても、気付かず乗り込む(ほんとにそうだったと、あとから教えてもらった)。夜中にトイレにいきたくなっても、不用意に一歩がふみだせなくて「がまんしよ」などと思う。別の病気になりそうだ。

 

帰国後も、目の前の信号が変わりそうになると・・・立ち止まる。目の前の電車が発車しそうになっても、小走りして乗り込むことができない。風呂を洗っていてつるっと滑ったら支える足はない。そうか、足の不自由な人というのは、常にこんなストレスを感じているのかも。

 

自分が「いつから」歩けなくなるのか、確実に分かる人はいない。明日も今日と同じように歩くことが出来ると、無意識に信じている。

そうではないことを、人生の少し先輩たちから時折いただく手紙で知ってはいた。

今年はじめごろ、「膝を『ちょっと』悪くしたので、がんばって治しております」というメールをいただいていた方が、半年後「股関節の方が悪いようで、ブログを読んでいると『このまま 旅をご一緒することはできなくなるのかしらと・・・・』心が痛みます」と、弱気な言葉を送って来られた。

 

誰も先の事はわからない。できる事は、「今」やっておくしかない。

そして「今」最大限の事をやっておけば、訪れる未来を少しは変えられる。